ゲノム編集の最前線~遺伝子を操る~サイエンスZEROより

ゲノムと呼ばれる膨大な遺伝情報を自由に切り貼りするゲノム編集。
近年、医療、農業、畜産など多くの分野に応用できる遺伝子操作技術として注目を集めています。

先日の『サイエンスZERO』では、「ゲノム編集の最前線」をテーマに、その仕組みや現在行われている研究について紹介していました。日本ゲノム編集学会会長の山本卓先生(広島大学大学院理学研究科教授)が一般の人にもわかりやすく解説していたので、まとめておきます。

 

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遺伝子操作の最新技術「ゲノム編集」とは?

細胞の核の中には、DNAの二重らせんがあります。
ゲノムは、その二重らせんに書き込まれている遺伝情報、生命の設計図とのことです。

ゲノム編集は、遺伝子が連なったゲノムから特定の遺伝子を切り取る作業です。
特定の遺伝子を切り取ることは、生物にさまざまな影響をあたえるます。

ゲノム編集は、生物学の世界では21世紀最大の発見といわれ、ノーベル賞を確実に取るともいわれているそうです。現在、主に使われている手法は、5年前に発見されました。今では世界で生物学、医療、農林水産業、製造業などへ技術の応用が広がっているとのことです。

ゲノム編集を使って生物の筋肉量を増やす研究

近畿大学水産研究所の水槽の中には、普通のマダイとゲノム編集をしたマダイが飼育されていました。同じ水槽で同じエサで育てているのに、ゲノム編集をしたマダイの筋肉量は普通のマダイの2倍ぐらいあるとのことです。

サイエンスZEROより

生物はミオスタチンという筋肉が増えるのを抑えるタンパク質を持っています。

ゲノム編集によって、ミオスタチンを作る働きをする遺伝子を切り取ってしまうと、ミオスタチンが作れなくなってしまいます。すると、生物の筋肉量が増えるそうです。

実験を行った家戸敬太郎先生(近畿大学水産研究所白浜実験場長)も「こんなに劇的な変化があるとは思っていなかった」と話していました。

アメリカでは、牛の遺伝子をゲノム編集して、ミオスタチンが作られないようにする実験が行われました。

比較対象は、同じ母親から生まれた双子のネロール牛です。ゲノム編集したネロール牛の体が、ゲノム編集をしていないネロール牛に比べて二回りほど大きく育ったとのことです。

サイエンスZEROより

筋肉を作るためにはミオスタチン以外の要素もあります。ですから、ミオスタチンが作られなくなっても筋肉が際限なく大きくなるということはないとのことです。
最大でも通常の筋肉量の2倍程度だと山本先生が説明をしていました。

 

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ゲノム編集で食品の未来が変わる!?

食品分野もゲノム編集をさまざまなことに活用しようと研究が続いています。

ゲノム編集で鶏の卵からある遺伝子を切り取って、卵アレルギーが起きないようになったという成功例もあります。

ゲノム編集をした魚や卵を食べてもいいのかと心配になる人は多いかもしれません。

山本先生によると、ゲノム編集した食品は食べられるようです。なぜなら、ミオスタチンを作る遺伝子の破壊は自然の突然変異でも起こっているからです。事実、ヨーロッパでは、そのような食品を実際に人が食べているとのことでした。
ただし、ゲノム編集された食品を食べることによってどのような影響が出るかは、まだ研究中なので、そのような人工的な食べ物を人間が口にすることはないそうです。

これまでの遺伝子操作とゲノム編集の違い

ゲノム編集以前から作物の品種改良に使われている遺伝子操作技術があります。例えば、放射線や紫外線などの化学物質を使って遺伝子に変異を入れる技術です。

この技術には、化学物質がどの遺伝子に入るか分からないという弱点があります。その結果、狙った遺伝子だけではなく、他の遺伝子まで壊れて動かなくなってしまう可能性もあるとのことです。

また、遺伝子組み換え大豆やトウモロコシを作るときは、本来その植物にはない遺伝子をゲノムに入れていました。この方法も、遺伝子がどこに何個入るかを調節するのは困難とのことです。

これまでの遺伝子操作にはなかった正確さがあるのがゲノム編集です。これまでは、作物の品種改良には5年以上かかっていました。けれども、ゲノム編集を使うと半分以下の期間でできるようになるとのことです。

また、ゲノム編集は、他の遺伝子にはあまり影響しないという利点もあります。さらに、とても簡単で、1個の受精卵のゲノム編集はたった2秒でできてしまうのです。

特別な機器は必要がなく、顕微鏡をのぞきながら受精卵にクリスパー・キャスナイン(CrISPR-Cas9)という物質の入った透明の液体を注入すれば完了だと山本先生が説明をしていました。

ゲノム編集の原点:クリスバーの発見

ゲノム編集の原点となったクリスパーとは、古細菌の遺伝情報です。

サイエンスZEROより

クリスパーは30年ほど前に、石野良純先生(九州大学農学部生命科学部門教授)によって発見されました。石野先生は、温泉など100度近い高温や強い酸性の場所に住む古細菌の研究をしていました。古細菌がどのように遺伝子を維持・複製して生命を維持していかを知るためにゲノムを解析したそうです。

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そのときに、古細菌の460万個の遺伝情報の中に、きれいな共通の繰り返しが一定間隔で並んでいることを発見しました。それは、それまでの生物学では見つかったことのなかった新しい遺伝子配列だったそうです。

クリスパーの遺伝子配列

クリスパーの遺伝子配列には、A、T、G、Cの遺伝情報をになう4種類の物質があります。そして、TとA、CとGにはくっつきあう性質があるとのことです。

サイエンスZEROより

クリスパーの遺伝子配列は、一番外側がTとA、その次がCとGというように、中心で折ったときにぴたりとくっつく組み合わせになっています。

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クリスパーの存在理由と働き

クリスパーは、古細菌の原始的な免疫システムだということが研究でわかっています。
古細菌にウイルスが感染した場合、ウイルスの遺伝子が古細菌の中に入ります。すると、異物を見つけた古細菌は、ウイルスの遺伝子の一部をクリスパーに取り込むのです。

古細菌が再び同じウイルスに感染すると、前に取り込んだウイルスの遺伝子情報とクリスパーの情報をRNAという別の物質に写し取ります。

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RNAは英語のRibonucleic acidの略で、日本語ではリボ核酸といいます。

写し取られたクリスパーが折りたたまれてくっつき、でっぱりのある物質となり細胞の中を動き回るのです。

サイエンスZEROより

このでっぱりのある物質が、はさみの役割をするキャス(Cas)という酵素と結合し「クリスパー・キャス」が誕生するそうです。

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クリスパー・キャスはウイルスの遺伝子を見つけると、そのウイルスに結合します。そして、クリスパーのでっぱりを目印に、新しく入ってきたウイルス遺伝子をはさみで切って破壊してしまうとこのことです。

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このクリスパー・キャスの働きで、古細菌はウイルス感染から身を守っているのだと石野先生が解説していました。

クリスパー・キャスの働きを利用した技術:ゲノム編集

石野先生がクリスパーを発見してから25年後に、新しい遺伝子組み換え技術を研究していたアメリカとイギリスの研究グループがクリスパーの働きに注目しました。その研究グループは、折りたたまった構造の先についたウイルスの遺伝子をゲノム編集で切り取りたい遺伝子情報に付け替えました。

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すると、ゲノムの中から切り取りたい遺伝子を見つけて結合し、切り取ってくれることを発見したとのことです。

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この発見から数年の間に、クリスパーを使ったゲノム編集は世界中に広がりました。

いろいろな種類の古細菌がクリスパーを持っています。その中でも最初に発見されたクリスパー・キャスナインが、切断の活性がとても優れているのでよく使われていると山本先生が説明をしていました。

クリスパー・キャスナインはネットで買える!?

近年、研究者が切りたい遺伝情報がついたクリスパー・キャスナインが次々に作られているそうです。アメリカの民間研究団体は、基礎研究用のクリスパー・キャスナインをネットで販売しています。

一般的なネットショッピングのように、自分が実験で切り取りたい遺伝子を指定してカートに入れます。すると、1週間ぐらいで自分の実験のために作られたクリスパー・キャスナインが届くそうです。

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番組がVTRで紹介していたWebサイトはaddgeneという団体のものです。日本からの注文方法を日本語で説明したページもあります。⇒こちら

ゲノム編集の応用研究に力を入れる中国

中国は1兆円もの予算を投じ、国をあげてゲノム編集の応用研究をサポートしています。

例えば、北京大学の研究者が立ち上げたベンチャー企業では、さまざまな分野(農業、畜産、医療など)の若手研究者を集めてゲノム編集について学ぶ講習会を無料で開催してるそうです。参加者たちは、どんな分野にも応用可能なゲノム編集をビジネスにどのように活かせるかを探っているのです。

ゲノム編集の新たな問題

革新的な技術として注目されるゲノム編集ですが、問題もあります。

簡単に遺伝子を操作できることから、人間への応用がどこまで許されるかなどの倫理的問題です。2015年4月には人間の受精卵をゲノム編集し病気の原因となる遺伝子を切り取ることに成功しているのです。このニュースには世界中で多くの人たちが衝撃を受けたとのことです。

これまでに、犬やサルのゲノム編集に成功している頼(らい)良学先生(広州生物・医学研究所副所長)も、人間の遺伝子のゲノム編集は可能だが、倫理的には大きな問題だと話していました。

また、山本先生も現在はゲノム編集の応用範囲の世界共通ルールはないので、とくに人に関してのルールを作ることは重要だと説明をしていました。

ゲノム編集はとても簡単なので、知識のない人でも実施することができます。すばらしい技術であるからこそ、制約も必要だとのことです。

 

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日本のゲノム編集の応用研究の取り組み

日本ではゲノム編集を使って、腐りにくいトマトや甘いトマトを作る研究が行われているそうです。

また、医療向けの研究のために、ゲノム編集の生物を作って社会に貢献しようという動きもあるとのことです。

他にも、体内で油を作る藻をゲノム編集で油の生産能力を1.5倍にすることに成功したという報告もあります。これは、石油に代わるバイオ燃料として注目されています。

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この藻はオーランチオキトリウムといいます。
既にこの藻から精製した油で車を走らせる実験も行われており、実用化に向けての様々な取り組みが進行しています。

サイエンスZEROより

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山本先生は、ゲノム編集の入門書を執筆しています。ゲノム編集の応用技術は日々進歩しているので、本で基本を学ぶとともに、その他のソースからも最新の情報を手に入れるようにしたいですね。

ゲノム編集入門: ZFN・TALEN・CRISPR-Cas9
山本 卓

まとめ

とても簡単に遺伝子を操作することができるゲノム編集。これまでに治療することが難しかった病気を治せるようになるかもしれないなど、たくさんの可能性があることがわかりました。すばらしい技術なので、悪用されないように国際的に統一した決まりを作ってほししですね。これからのゲノム編集の発展に注目していきましょう。


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