日々進化する医療の世界で、「再生医療」が劇的なスピードで進んでいます。
そのスピードはiPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授も驚くほどで、これまでは諦めるしかなかった病気や症状も治療でき、それどころか臓器そのものを新たにつくりだす試みまで現実味を帯びてきています。
そこで今回は、再生医療の最前線について特集していたNHK『あさイチ!』をまとめておきたいと思います。
「心筋シート」で心臓の再生をうながす
Hさん(23歳女性)は3年前のある日、体に異変を感じました。初めはむくみや疲れやすさを感じる程度でしたが、次第に歩行するのも辛くなったといいます。ついには胸の痛みで緊急搬送される事態となり、緊急手術を受けました。
「感染性心内膜炎」という病気に罹り、重い心不全を引き起こしていました。Hさんの心臓は血液を送り出すポンプ機能が低下しており、正常の人なら1分間に8リットルほど送り出すところが3リットルしか送り出せていなかったそうです。
術後は呼吸困難な状態に陥り、医師からは「治すには人工心臓か心臓移植しかない」と言われたそうです。
そんなときにHさんは、大阪大学で再生医療の臨床が始まっていることを知りました。
心臓の再生医療は、心臓に「心筋シート」というものを貼り付けて行います。心筋シートは自分の太ももから取り出した“筋肉を作る細胞”を1ヶ月ほどかけて人工的に増やし、シート状にしたものです。
このシートを心臓に貼り付けると、
シートからサイトカインという物質が出て
心臓の細胞を活性化し、
毛細血管が作られ、
心臓のポンプ機能が回復すると考えられています。
臨床に参加することを決めたHさんは、今では外出を楽しめるようになるまで症状が回復したそうです。
ありがたいことに、この手術は既に保険適用が始まっており、虚血性心不全(心筋梗塞や狭心症など)が対象になっているそうです。費用は保険適用と高額療養費制度によって実質約23万円で、さらに自治体によっては追加の補助が出る場合もあるそうです。
この手術を執刀した大阪大学医学部の澤芳樹教授は、
「自然治癒力を引き出すのが再生医療。身体に治す能力が残っていて、且つ他の治療方法では治せない、という人が対象になるので、心臓がほとんど動かない人は人工心臓になる。」
と話していました。その上で、
「治療をしないと3年で7、8割の方が亡くなってしまうが、この治療を受けた人の7,8割は症状が改善している。」
と、効果的な治療法であることも指摘していました。
この手術については「全国で待っている人が100人ほどいて、潜在的にはと数千人いるだろう。世界では100万人にのぼるとも言われている」というほど需要のあるものだそうで、保険の適用もあって「この手術はこれから全国の病院に広がっていくことになる。」とも語っていました。
IPS細胞をつかった心筋シート作成
さらに、iPS細胞を用いた心筋シートの研究も進んでいます。現在はサルで効果や安全性を調べている段階で、2,3年以内に人間の臨床試験が行われる見通しだそうです。
「まさか10年ほどでここまで来るとは。」とインタビューで語っていた山中伸弥教授は、
「(iPS細胞を用いた再生治療として)実用化が一番早いのは「目」で、5年から10年くらいで誰もがその治療を受けられるようになるでしょう。そのあと、パーキンソン病や心臓の病気なども可能になっていくでしょう」
と話していました。
また、澤教授は
「これまでの再生医療は、間葉系幹細胞を用いてサイトカインという物質を出すことで血管をつくり、患部の組織を修復させるものだった。しかしiPS細胞を用いれば、その機能を司る細胞自体をつくることができる。」
と、その画期性を解説していました。(ただし、腎臓と肝臓に関してはその細胞が複雑であるため、実用化が2025年以降になるのではと言われているそうです。)
さらに、がんの免疫細胞をiPS細胞から作成して、それを身体に入れてがんを退治させるやり方も現実になりつつあるそうですから、夢は広がります。
[sc:アドセンスレスポンシブ ]治療後の悩みも解決
再生医療の発展によって、病気の治療後の悩みまで解決できるようになっているようです。
6年前に乳がんが見つかったTさん(48歳女性)は、乳房切除手術の跡にショックを受けたといいいます。お風呂に入る前などに嫌でも鏡が目に入るので、とてもつらかったそうです。
そんな気持ちに沈んでいたある日、乳房再建の再生医療の臨床が行われるという情報を知りました。安全面などがまだ未確立の段階でしたが、自分が受けようと思ったそうです。
乳房の再建治療は、まず自分のお腹から脂肪の組織を吸引することから始まります。
吸引した脂肪を二つに分け、片方から脂肪幹細胞という血管を作る細胞を取り出し、それをもう片方に混ぜて、脂肪幹細胞が多く含まれた脂肪をつくります。
この脂肪を胸のくぼみに注入すると、脂肪肝細胞が活発に働いて乳房内に新しい血管を作ることになります。その結果、細胞が定着しやすくなり、少しずつ乳房が再建してゆくのです。
MRI画像を見ると確実にくぼみが減っているのがわかります。
あさイチより
Tさんに術後のトラブルは起こっておらず、今では温泉に行くこともできるようになったそうです。
このような施術に関してガン化を心配する声もありましたが、澤教授は「山中伸弥教授が陣頭指揮をとって研究した結果、その研究は最終段階まで来ており、あとは国が認可するかどうかというレベルまで安全性は確認されている」と解説していました。
[sc:アドセンスレスポンシブ ]髪の毛の再生も
理化学研究所の辻孝チームリーダーは毛の再生研究の第一人者です。
辻氏の最新研究で使われているラットを見ると……
あさイチより
毛が生えていますね。
この毛は植えたものではないので、抜けても生えてくるのだそうです。
「発生の過程をいかに正確に再現するか」という観点を持っていた辻氏が参考にしたのは胎児でした。妊娠3ヶ月頃に毛が生え始める胎児の体表では、皮膚になる細胞と毛髪をつくる細胞が存在しています。
あさイチより
その両者がかさなることで毛髪の通り道である「毛包」ができ、そこに毛がつくられるのです。
あさイチより
辻氏は胎児の頭の中と同じ状態を再現するために、ゲルの上にマウスの体内からとった皮膚になる細胞を置き、その下のゲル内に毛髪をつくる細胞を置きました。
あさイチより
これを37度の環境に3日ほど置いておいてからマウスの皮膚に植え込むと、3週間ほどで毛が生えてくるのだそうです。
実用化の見通しとしては2020年前後と言われており、細胞自体を頭皮に植えこむことで毛が生えてくるようにするやり方が検討されているそうです。あと4~5年ということですから遠い未来の話ではありません。
他にも、様々なパーツの再生医療が実現しつつあります。
[sc:アドセンスレスポンシブ ]歯周病を治す
歯科の分野における再生医療では、歯周病が研究の中心になっているそうです。
歯茎と歯の間に間葉系幹細胞を入れると歯茎が再生して、歯周病が治るそうです。
[sc:アドセンスレスポンシブ ]歯周病の治療について
Q歯周病の再生治療はどのくらいの期間で再生するのでしょうか?
A再生は治療の直後より始まりますが、見かけ上の治癒が起こってからも継続し、通常半年以上かかります。
また、再生した状態を維持させるには定期的なメインテナンスを継続されることが必要となります。Q現在行われている歯周病の再生治療はどれくらい費用がかかりますか?
A近年、再生療法は様々な方法が開発されてきていますが、まだ我が国では一部の大学病院を除いて保険診療の中で使用することは認められていません。
また再生療法に主に用いられる膜やジェルは材料費だけでも1回分で2万円近くします。詳細については近くの大学病院や専門医のいる歯科医院に相談して下さい。
血液の再生
再生不良性貧血などの治療として現在では骨髄移植が行われていますので、「血液も再生できたら…」と願っている方も多いと思います。
血液の再生医療については京都大学でiPS細胞を用いた研究が進んでいるそうで、あと5年ほどで実用される可能性があるそうです。
参考:京都大学iPS細胞研究所未来生命科学開拓部門吉田研究室ホームページ(http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/yoshida/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E5%86%85%E5%AE%B9/)
脳の再生
脳梗塞の患者に間葉系幹細胞を用いて血管を再生させ、脳の機能を改善させるという治験が海外で成功しており、日本でも治験が近々始まるそうです。期待が膨らみますね。
しかし、こうして再生医療が実現間近になってくると希望が広がる反面、安全性が心配になってきます。“闇医者”のような人におかしな施術をされたらたまったものではありません。
番組ではその点についても解説していました。
再生医療の安全性
美容外科などの分野では既に、自分の血小板を注射器で顔の皮膚に注入し皮膚を再生させる、などの再生医療が一般化しています。
そこで最近、自由診療の再生医療を行う場合には「再生医療等安全性確保法」という法律に基づいて詳しい内容の審査を受け、厚生労働省に施術内容を届け出ることが義務付けられたそうです。
美容外科以外にも整形外科や歯科、細胞を培養する企業も対象です。
この立法には、細胞を用いる治療が自由診療の領域ではかなり普及しているにも関わらず安全性の基準が無く、どこで誰が何をしているかも把握されていなかったため、トラブルが多発していたという背景があるそうです。
この法律の規定が実行されることで安全基準を作るためのデータが集まり、安全性が高まることが期待されています。
臓器そのものを作り出す
再生医療の最前線ではもはや「再生」を超えて、臓器そのものをゼロから作り出す研究も進んでいるそうです。
心筋シートを30枚重ねて心臓をつくりだす研究では、シートを重ねた平面の状態で血管を通すことまで既に成功しているといいます。(ただし、重ねて立体的した状態で縦方向に血管を通すことはまだ成功していないそうです。)
また、肝臓を作成する研究も進んでおり、横浜市立大学の研究チームでは血管を通すことに成功しました。
同チームの谷口英樹教授は京都大学から取り寄せたiPS細胞を肝臓の細胞に変化させ、「細胞をつなぐ細胞」と「血管を作る細胞」の両者を一緒に混ぜ合わせたそうです。
同チームの武部貴則准教授が細胞を観察していた所、混ぜあわせた細胞が集まり、その中に細い紐上の血管らしき組織が生まれているのを発見したといいます。
さらに実験を繰り返した結果、混ぜた細胞が72時間かけて一つの塊になっていくように調整することに成功したのです。
これを培養してつくった、直径3ミリほどの「肝芽(かんが)」と呼ばれるものをマウスの体内に移植すると…
あさイチより
最初は白かった肝芽が、2日後には…
あさイチより
赤くなっています。つまり、その中を血液が流れているのです。
さらに肝臓病のマウスに肝芽を移植したところ、みごとに肝臓の機能が再生したといいます。
2018年頃には人への応用ができると見られているそうで、さらに、同じような方法で脳や心臓の「芽」をつくる研究も進んでいるそうです。
まとめ
澤教授によると「心臓移植が倫理的観点からなかなか進まず、移植医療は30年間も止まっていた」のだそうです。
再生医療についてはこの反省を活かして、徹底した情報公開が為される仕組みを整えた上で国民的議論を重ね、安全に進展してゆくことを期待したいと思います。
そのためには私たちも、日本再生医療学会のホームページ(https://www.jsrm.jp/)などで最新情報を得て、知識を深めておく必要がありそうです。